《Slovak Republic / Slovenská Republika》

ロマ(ジプシー)
撮影場所:中部スピシュスキー・ポドフラディエ

全く気さくではない

■スロバキアのロマ

スロバキア語でロマは《チガン》Ciganと呼ばれ、その語源はギリシア語の「不可触民」である。北東スロバキアと南部スロバキアには、多くの民族(スロバキア人、ハンガリ人、ドイツ人、ルテニア人、ユダヤ人など)が混住しており、ロマ(ジプシー)も住んでいる。スロバキア全体では全人口の1.4%にあたる約8万人のロマが住んでいるとされるが(1991年公表)、実際には40万人弱とみられる。

スロバキアでもロマーの最終的同化をめざす「定住化政策」などがあるが、他地域のロマと同様、居住条件はきわめて過酷であり、民意のレベルでは差別され続けている。

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■ロマ

西暦10世紀頃、インド北西部ラジャスターン地方に住む一部の人々は、西へ西へと「流浪の旅」を始めた。この人々をロマ(ジプシー)という。隣国パキスタン〜ペルシャ〜トルコを経てバルカン半島に現れた(14世紀)。

15世紀後半から「迫害」が激しくなり、放浪生活や更なる移動を余儀なくされた。ワラキア公国・モルドヴァ公国ではロマの奴隷取引もあった。17世紀には、アフリカ大陸や、ポルトガルから船に乗せられて、ブラジルに追放されたロマもいた。19世紀後半にはアメリカやオーストラリアなどへの大規模な移住があった。

第二次世界大戦中は、ユダヤ人だけではなく、実に多くのジプシーも「劣等人種」として、ナチス・ドイツの「ホローコースト」の犠牲者となった。

現在の主な居住地は、ヨーロッパ全域〜北アフリカで、約1,000万以上の人口を有する、と言われる。ロマは移動範囲によって、東部ヨーロッパ系「カルデラシュ」、中部ヨーロッパ系「マヌシュ」、南西ヨーロッパ・アフリカ大陸系「カレー」に大別される。

ロマは「ロマ語」を話す。ロマ語はインド・ヨーロッパ語族に属する言語で、元来文字はない。三大言語(方言)がある。

ロマは、独自の宗教は持たない。だがロマ・コミュニティにおける慣習と伝統を保持し続けている。これはヒンドゥの社会制度(カースト制度など)に基づいていると言われ、排他的/特異である。

そのため彼らが移動する地では、住民との軋轢が絶えず、差別され続けた。

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