《 中華人民共和国 》

▼行き方

市の「商業城停車場」から「」行きのバス乗り、終点。ここから「沸県/沸潭」 フォーシェン 行きのバスに乗り換え、「示浦村」 スープー 下車。楽勝!

非客家円楼:錦江楼 ジンジャンロウ
撮影場所:福建省県深土鎮錦江村

3重円から構成される《内通廊式円楼》

錦江楼は、要塞に特化しているため《砦式円楼》ともよばれる。客家人ではなく「人」である林さん一族、50家族100名余りが住んでいるが、若者は、円楼周囲に建てた平屋の家屋に移住している。

錦江楼は、1791年から造り始め1803年に完成した(まず内周をつくり、外周の円楼は1803年に完成)。錦江楼の保存状態は非常によい。

《内周の円楼》が最も高く13mあり、1階が厨房と食堂、2階が住居部分、3階が回廊、4階が見張り台、になっている。部屋は12間×3階分あり。

《二番目の円周》は2階建てで高さ8m。1階が食堂、2階が住居部分になっていて、屋上部分は見回りのための通路が設けられている。部屋は52間。

《一番外側の楼包》は平屋建てで、厨房と食堂、一部家畜小屋にもなっている。部屋は36間。

1〜2階部分は、石をブッロク状に切り出して積んだもの。銃眼は石部分の随所にある。2〜4階部分は、土と砂糖と餅米を練り合わせてつくった《三合土》を煉瓦状に加工、積んだもの。ここにも銃眼が随所にある。

錦江楼は、倭寇(海賊)や盗賊から何度も襲撃されたが、陥落することはなかった。毛沢東時代の文化大革命期(1966-1977)にも、暴徒化した紅衛兵の襲撃を受けたが、ほとんど傷つくことなく、また陥落することはなかった。

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一番内側の円楼の1階(玄関部分を見る)

階段は1カ所のみ。房は11カ所。井戸は1カ所。使用されている房(部屋)は2/3程度。居住者は中年〜老人が多い。年齢が若い家族は、円楼の周囲に立ち並ぶ《平屋》に住んでいる。

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一番内側の円楼の4階(中庭を見下ろす)

4階の見張り台部分の両側には「扉」があり、3階部分の屋根の周囲を歩くことが出来る。
かなり怖い。

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一番内側の円楼、3階部分

2階からは、階段を覆っている「跳ね式」の3階の天井を押し上げると、3階に行ける。ここは一般公開は行っていないが、私が「土楼を見て回っている」と告げると、快く見せてくれた。謝謝!

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一番内側の円楼、4階部分

3階の屋根を一周できる部分から、見張り台と、2番目の円周の見張り台(写真左側)を見る。円形の要塞は、死角が少なく、見回りしやすい、とのこと。

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2番目の円楼の屋根の上

2番目の円楼は、住居部分(台所は、一番内側の円楼にあるものを使う)。非常時には一番内側の円楼に逃げ込む。見回りを重視したつくりになっている。この部分も非公開。

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