《イラン・イスラム共和国》

エマーム広場 Meydan-e Emam(王の広場 Meydan-e Shah )
撮影場所:エスファハン

1998年8月撮影
(アリー・ガープー宮殿3階のテラスより)

エマーム広場(王の広場)

サファヴィー朝時代〜イラン革命(1979)までは、《王の広場》 Meydan-e Shah と呼ばれた。アッパース1世は、自ら都市基本計画を立案。都市の中心に《王の広場》を、周辺にバザール(市)やモスク、宮殿などを配した。

《王の広場》を着手したのは、1598年。
縦510m・横163mの長方形の広場。この広場は回廊(現在、土産屋や絨毯屋、軽食屋などになっている)で囲まれていて、南:Masjed-e Emam(イラン革命前までは Masjed-e Shah )という荘厳なモスク(上の写真、下の写真)、東:王室専用だった Masjed-e Sheykh Loft-ol-lah というベージュを基調とした美しいモスク、西:アリー・ガーブー宮殿 Kakh-e Ali Ghapu 、北:巨大なバザール Bazar-e Esfahan が建つ。

《王の広場》の中庭には、イラン革命前までは、ポロの競技場/観閲式や各種儀式/公開処刑場、などになっていた、らしい。現在は、噴水付きの池や芝の公園となっており、観光馬車が走っている。

広場としては、中国北京の天安門広場に次いで世界第二位のスケールをもつ。








1997年5月撮影
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