《Republic of Yemen / al-Jumhuriya al-Yamaniya》

城門
撮影場所:ザビード旧市街

(2004年)

ごっつい城門だがよくみると細工が施され美しい

ザビードは今や貧乏臭い町だが、かつてはイスラームの学術都市の中心地だった。代数学の発祥の地でもある。

819年、アッバース朝の提督の一人であるムハマンド・イブン・ジヤードが、この地方の反乱を防止する意味合いもあって「学術都市」として整備を開始した。

820年、アル・アシャエル・モスクと、このモスクに併設するマドラサ(イスラーム高等神学校)をつくった。このマドラサはやがてアラビア半島で最初の大学(アル・アシャエル大学)になる。この大学では、法学・歴史学・神学・数学・医学・文学など高度な学問を教えていた。

ムハマンド・イブン・ジヤードは、アッバース朝から“独立”してジヤード朝を創建して首都をザビードに定める。1018年にジヤード朝は滅びるが、ザビードは「学術都市」として生き残る。

13〜15世紀、ラスール朝は首都をザビードに定めたたため、ザビードは再び脚光を浴びる。ザビードの最盛期はこの時期である。200以上のモスクや学校が建ち、内外から約5000名の学生が集まっていた。だが1454年に王朝内で内戦がおき、衰退の道を辿る。

現在は86のモスクが建つだけで、その面影は全くない。今や学問の中心はエジプト(アル・アズハル大学、カイロ旧市街)に移ったが、その教師陣はザビードから派遣された。

赤色のベレー帽の男性は軍人(ぺーぺーだけど)

1993年、ザビード旧市街は「世界遺産」に登録されている。だが近年、コンクリート建築による建替え・補修などで伝統建築物がどんどん喪失している。ついに2000年、「危機にさらされている世界遺産リスト」にも登録された。


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